ダミアーノ・ミキエレット監督作品「ヴィヴァルディと私」を観る

Classic
スポンサーリンク
samon
samon

月曜12:50の回は結構なお客さん。最前列中央のリクライニングが空いてた。ラッキー

スポンサーリンク

結論

当時の空気を感じさせる撮影はすばらしいが、ヴィヴァルディの描き方やラストのフェニミズム臭など全体に中途半端感が残る

スポンサーリンク

概要・あらすじ

監督は、オペラ演出家として世界中に名を馳せ、ローレンス・オリヴィエ賞受賞歴を持つダミアーノ・ミキエレット。
彼が大切にする二つのテーマ ー 音楽と第二の故郷・ヴェネツィア ー を題材にするティツィアーノ・スカルパの小説「ヴィヴァルディと私」(河出書房新社刊 発行時「スターバト・マーテル」)を原作に、ヴィヴァルディがピエタ院で才能を開花させた少女の知られざる物語を映画化しました。 撮影はヴェネツィアとローマで行われ、現存していないピエタ院の内部シーンはローマ北東部のヴィコヴァーロにある教会で、また、デンマーク国王への室内コンサートは貴族の宮殿として建てられた豪華な屋敷で撮影が行われ、18世紀のヴェネツィアに存在した世界を見事に描き出しています。

 チェチリアを演じるのはTVシリーズ「The Art of Joy」で主役を演じ、イタリアのアカデミー賞と称されるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で最優秀主演女優賞と新人賞を受賞した、イタリア映画界で最も活躍が期待される女優、テクラ・インソリア。教え子の才能に嫉妬するも、彼女を応援するアントニオ・ヴィヴァルディには、TVドラマ「ヤング・モンタルバーノ」シリーズで国民的人気を博し、映画のみならず舞台でも活躍する実力派俳優、ミケーレ・リオンディーノ。

公式HPより引用

1716年、ヴェネツィアのピエタ院。赤ちゃんポストに置き去りにされたチェチリアは、 母の姿も愛情も知らずにこの院で育ち、毎晩こっそりベッドから抜け出してはろうそくの灯りで、 宛名のない母への手紙を綴っていた。
院から出て外の世界で暮らすには、母親が迎えに来るか、貴族に見いだされ結婚するかしかなかった。
結婚も貴族から院への寄付が前提で、持ちつもたれつの関係であった。
そんな中、ピエタ院にアントニオ・ヴィヴァルディがヴァイオリン教師として赴任すると、 卓越したヴァイオリンの技術を持つチェチリアを見出し、第一ヴァイオリンのリーダーに任命する。
ヴィヴァルディからの厳しい練習に耐え、ヴァイオリンの腕があがっていくチェチリア。
いつしか二人は心を通わせるようになる。
そんな折、ピエタ院が決めたチェチリアの結婚相手である将校がトルコとの戦争から戻り、
結婚が迫ったある日、事件が起こる……。

同上

スポンサーリンク

感想

熊本の慈恵病院に「赤ちゃんポスト」がありますが、舞台となるピエタ院も同様のことをしていることがわかるシーンがあります。現在どうしても育てられない赤ちゃんを預ける。親は将来可能なら迎えに行くことを見越して、証拠となるカードの半分を赤ちゃんとともに入れています。

ピエタ院ではその記録が丁寧に残してあり主人公のチェチリアは自分の記録を見たいと、こっそり資料を探します。寮母に見つかりますが、寮母はチェチリアの資料を探し、証拠のカードを彼女に渡します。これはもう彼女の迎えは来ないと寮母が思ったからでしょう。

半分のカードの図柄は「羅針盤」です。彼女の母親が何を込めたか、あるいはただの偶然かはわかりませんが、チェチリアはラストシーンでこのカードを胸に自由な世界に文字通り漕ぎ出していきます。ベネチアのゴンドラに乗って。自分の羅針盤は自分で決めるのよという意識がうかがえます。

あれほど打ち込んでいた音楽をすべて打ち捨てて、自由な女の生きる道をつかみ笑顔で終わるこのラストシーンに私は強いフェミニズム臭を感じて完全に興ざめでした。

ヴィヴァルディの描き方も少し変人扱いでした。音楽の高みに固執する音楽家かと思わせて、最後は貴族や聴衆への受けを十分気にしている俗人にも思えました。チェチリアの才能を発見してそれを伸ばし成長させるという教師的な側面も中途半端に感じられました。

邦題の「ヴィヴァルディと私」から感じるのはチェチリアから見たヴィヴァルディ像が濃く描かれるように思われるのですがそうでもありません。原題の「プリマベラ(春)」の方が自由になったチェチリアの未来を暗示させるので好ましいかと思います。

春といえばヴィヴァルディの代表作「四季」はピエタ院の合奏団では演奏されません。調べてみるとヴィヴァルディはピエタ院で映画のとおり大成功し、一度ピエタ院を出てマントバに移りそこで四季を完成させますから、この映画で四季が演奏されないのは正しいことです。

しかしヴィヴァルディとピエタ院の関係はマントバからベネチアの戻った後も続いていて、作曲家として月に2曲の作品を提供し続けています。これは初めのピエタ院での活躍の最後にそういう契約を結んでいたからです。ヴィヴァルディとピエタ院との関係は一生涯続いたとも言えます。ヴィヴァルディがピエタ院を大事に思っていたことは想像できます。

捨てられた子を育て、音楽を施すこの施設はとてもすばらしく思える反面、美しく育った娘を軍人の嫁に斡旋していたような面も描かれています。それで幸せになる娘もいたでしょうが、チェチリアのようにひどい目に合わされる娘も多くいたことでしょう。男からすればピエタ院から娘を買ったようなものですから。大事にしない男も大勢いたでしょう。

そんな男中心の世界から女性が自由になって好きに生きることのすばらしさがこの映画のテーマのような気がします。しかしゴンドラにのって笑顔で漕ぎ出したチェチリアの未来に何が待っているかはわかりません。その意味では完全なハッピーエンドともいえない。

いろいろなことに中途半端感が残る作品でした。

samon
samon

しかし、当時のベネチアの空気、建物の中の冷たくほの暗い雰囲気は感じられ、すばらしい撮影であったと思います。その辺を感じたい方にはよい作品だと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました