
8月10日(月)12:50の回。いつもの最前列中央リクライニングで
結論
どこに連れていかれるのかわからない驚愕の映画体験。エンディングはハッピーか地獄か?
概要・あらすじ
失踪した娘を捜すため砂漠のレイブパーティに参加した父と息子の旅の行方を、奇想天外なストーリーとクールなダンスミュージックを融合させて描き、本国スペインをはじめヨーロッパ各国で話題を集めたロードムービー。
ルイスは砂漠でのレイブパーティに参加したまま行方がわからなくなった娘を捜すため、息子エステバンとともにモロッコの山岳地帯から砂漠の奥地へと車を走らせる。やがて彼らは現実と幻覚が混濁するような野外レイブ会場にたどり着くが、そこにはすでに娘の姿はなかった。父子はレイブの参加者グループを追い、娘が向かったと思われる次のレイブ会場を目指すが……。
父ルイス役に「パンズ・ラビリンス」のセルジ・ロペス。「ファイアー・ウィル・カム」のオリベル・ラシェが監督・脚本を手がけ、製作にはスペインを代表する名匠ペドロ・アルモドバルが名を連ねた。タイトルの「シラート」はアラビア語で「道」を意味し、宗教的な意味においては審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋を象徴するとされる。2025年・第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、審査員賞など4冠に輝いた。第98回アカデミー賞では国際長編映画賞と音響賞にノミネート。2025年製作/115分/PG12/スペイン・フランス合作
原題または英題:Sirāt
配給:トランスフォーマー
劇場公開日:2026年6月5日
感想
ホラー映画で「出るか出るか」というとき、つい目を細めて見てしまいます。本作はホラー映画ではないですが、ラストの炎天下の砂漠でのシーンでつい目を細めてしまいました。こんな映画はなかなかありません。
冒頭、男どもがPAのスピーカーユニットを積み上げ、砂漠に巨大な音響システムを組み上げるシーン。オーディオ好きな私には胸アツのオープニングでした。スピーカーシステムだけの誰もいない砂漠が次のシーンで一変。

多くの老若男女が重低音の音楽の身を任せ体をゆすっている。レイヴパーティーを少し俯瞰から撮影したシーンとなります。レイヴ文化は1980年代からあるらしいのですが、この映画で初めて知りました。若者たちだけでないのはこの歴史の深さゆえでしょうか。

踊る人々の中に、場違いなダサいシャツを着た親父と小学生くらいの息子。彼らは5年前に失踪した娘を探しています。この親子は祖父と孫といってもいいくらいで、少し不自然です。娘の写真のコピーを配りながら知らないか尋ねて回りますが、誰も知りません。
実はこの娘最後まで見つかることはありません。娘探しの旅が途中からまったく違うルートに移ってしまうのがこの作品の特徴です。つまり娘探しは発端になっただけで、もうまさに一寸先は闇というとんでもない世界に連れて行ってくれます。

この映画の舞台ですがセリフの中に「モーリタリアはいいところだ」みたいなことをいうので、たぶんモロッコの南の方ではないかと思われます。モロッコとモーリタリアの国境近くには「西サハラ」という帰属の決まっていない謎の地域があり、このへんで展開する映画と考えるとリアリティが増します。
スペインからモロッコまではフェリーで1時間しかかからず、しかもEU市民は観光目的であればビザなしで入国可能とのこと。映画の白人たちがモロッコの砂漠でのレイヴパーティーに参加することはわりと簡単なことなのでしょう。
娘を探す親子のバンも後に行動を共にする2台の装甲車のような大型車もフェリーでなら入国が可能です。親子が装甲車の者たちに娘のことを尋ねるとき、初めに英語?を使っていたが、装甲車の女から「スペイン語でいいよ」と言われます。そこから親子がスペインから来たことがわかります。
レイヴパーティーは突然軍によって解散を命じられ、パーティー参加者の長い車列が続きますが、くだんの装甲車2台は急に車列を外れます。親子のバンもこれに続きます。道を外れるかどうかを逡巡する父親に判断の拍車をかけたのは息子のエステバンの方です。
親に従属するだけの存在ではないことが明確に描かれ、エステバンの存在がクローズアップします。弱い大人と強い子供。おもしろい関係が浮かび上がってくる。
ここから映画は先行きが全く読めない道へ文字通りそれていきます。日本ではまったく目にすることがない世界、つまり植物が1本も生えていない褐色の砂漠や大地が続く異世界を3台の車が走っていく。なんとも不安な様相に私たちは引きずり込まれます。
なんとここでタイトルの「シラート」がドンと出ます。長い長いアバンの末のタイトル。これもあまり見たことがないものです。
親子のバンが装甲車についてゆくのは、次のレイヴパーティーに娘がいるかもしれないと装甲車の連中から聞いたからです。普通のバンではこの先は無理だと言われても必死でついていく。バンに襲い掛かるいくつかの試練を装甲車の連中の助けを借りて乗り越えていくサスペンスは至福です。親子と装甲車の変わったファミリーとの絆が少しづつできてくる。
本作と「恐怖の報酬」の共通点が語られています。私はフリードキンのリメイク版しか記憶にありませんが、その記憶もあいまいです。AIの助けを借りてみると「映画『シラート(Sirāt)』と『恐怖の報酬』の最大の共通点は、いつ何が起きるか分からない極限の危険や不条理な暴力が支配する、逃げ場のない「一本道(ロード・ムービー)」を突き進む、胃のヒリつくような緊張感と恐怖を描いている点」とのこと。
また音響効果も共通点だと指摘します。「『恐怖の報酬』がエンジン音やタイヤのきしみなどの環境音で観客を追い詰めたように、『シラート』でも剥き出しの恐怖とビートが同期し、観客に強い心理的負荷を与える演出が踏襲されています」
本作の音響はもちろんレイヴパーティーのあの重低音とビートそれに電子音楽が常に流れています。それは決して心地よいものでなく不安を煽るようでもあります。
この音楽はクライマックスに入るスイッチにもなっています。すなわち装甲車の連中が積んでいたスピーカーを砂漠に2個設置して、自家製のレイヴパーティーを始める。絶望の父親と道に迷ってしまった装甲車の仲間たちの不安をかき消す意味があったと思います。ドラッグ付きで皆がビートに乗って踊り始める。この幸福はまさに刹那であり、とんでもない状況が始まっていきます。

エンディングは砂漠に施設された線路からの貨物列車の屋根です。そこには無数のヒジャブを巻いた女性や子供たちが無言で揺られています。その中にばらばらに生き残った登場人物たちがやはり黙って乗っている。
それまでの激しいビートやテクノ音楽は消え去り、列車の音と人の気配だけがあります。このエンディングをハッピーととらえるかそれとも絶望の未来ととらえるかは私たち観客の生死感にゆだねられているようです。
楽観的な私は「生きてるだけでまるもうけ」的な感じが強かったかもしれません。遺伝子の単なる乗り物である私たちはたとえ地獄の先行きでも生ある限り生きていくしかないのかなと思います。あなたはどう感じましたか?

まあとんでもない映画体験ができる作品といっていいでしょう。事前情報を一切入れずにできれば劇場の大画面でご覧になることをお勧めします。超オススメ!

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