
セントラル劇場12:00の回。最前列中央のリクライニングで楽しむ。
結論
戦争が合唱の楽しみを侵食する中でも、歌い続けていこうとする人々の熱き思いに打たれるとともに、戦争に飲み込まれていく若者たちがとても悲しい反戦映画
概要・あらすじ
主演は、『教皇選挙』『ザ・メニュー』など話題作への出演が続くレイフ・ファインズ。厳格で偏屈な男の複雑な内面を、深い陰影とともに体現する。共演にはロジャー・アラム、マーク・アディら英国の名優が集結。監督は『英国万歳!』など英国アカデミー賞・トニー賞受賞の演出家ニコラス・ハイトナー。英国を代表する劇作家アラン・ベネットとは4度目のタッグとなる。1916年当時の衣装や街並みを丹念に再現し、バッハの「マタイ受難曲」、エルガーのオラトリオ「ゲロンティアスの夢」など、祈りを超えて“生きる力”を宿した合唱曲が物語を支える。演劇と合唱が融合する圧巻のクライマックスは、今日の不安定な世界を生きる私たちにも深く響き、明日へ踏み出す勇気をそっと呼び覚ましてくれる。
公式HPより引用
第一次世界大戦下のイギリス北部ヨークシャー。徴兵で多くの団員を失った合唱団は、存続の危機に瀕していた。若者や町の人々を迎え入れ、“歌うこと”を通して再び心を結び直そうとする。新たな指揮者に選ばれたのは、敵国ドイツで活動していたヘンリー・ガスリー。偏見と不信を背負いながら、彼は退役軍人、売春婦、敬虔なボランティア、徴兵を控えた少年たちなどの寄せ集めの団員たちと向き合い、熱心な指導のもとで、失われたつながりと希望を取り戻していく。やがて彼らは、前代未聞の“ある挑戦”へと踏み出す。しかし、再び徴兵通知が届き始め、ようやく芽生えた平穏は、戦争の影に呑み込まれていく。
同上
感想
夫が戦争で亡くなった通知を妻に届ける郵便配達夫。小さな町でも日に何人もの訃報を届ける。つらい仕事ですが、日々繰り返される中慣れていくのでしょうか。淡々と若い配達夫は届けていきます。
未亡人の存在住所を彼は初めに知ることとなるのですが、その情報から不埒な行動に出るようなことはしません。文化ゆえか若さゆえか。そのピュアさゆえにこの映画は高潔に進んでいきます。
戦争でメンバーが減った町の合唱団はオーディションを開催します。私はとある男声合唱団に参加していますが、入団のためのオーディションなどありませんでした。それはつまりヨークシャーのこの町の合唱団のレベルの高さを示しています。
オーディションでの歌唱はクラシックありそれ以外ありでバラエティに富んでいて楽しいシーンです。黒人の女の子が才能ある歌を聞かせて登場人物の中心の登場です。もし日本の合唱団に黒い人が現れたならまずは皆に緊張が走ると思いますが、そんな雰囲気はありません。
黒人移民はすでに英国になじんでいるのでしょうか。人手不足でリバプールなどアフリカからの移民が多くいたようですね。うちの近所には工場で働く東南アジアの男性が結構住んでますが、彼らはおとなしく礼儀正しい人々。問題を起こす外人は困りますが今のところそれはありません。
合唱団の指揮者が志願兵として戦争に行くことに。代わりに選ばれたのが敵国ドイツで活躍していたレイフ・ファインズ演じるガスリー。偏見と不信を背負いながら指揮にあたります。「28年後・・・」のぶっ飛んだ演技とは対照的に本作では、静かで重量感に満ちた演技をファインズは見せてくれます。
寄せ集め合唱団が取り組むのは当初バッハの「マタイ受難曲」でしたが、バッハがドイツの作曲家ということで却下に。誰の作品を取り上げるか話し合う場面で、出る候補がみなドイツの作曲家だというのが笑えます。英国の著名な作曲家はなかなかいなかった。そこで上がるのがエルガーです。
エルガーの「威風堂々」第1番の中間部は英国の第2の国家としても親しまれています。取り上げるのはこのエルガーのオラトリオ「ゲロンティアスの夢」です。この曲は大規模でしかも死にゆく老人の物語でもあったので、ファインズの合唱団では設定を若き兵士の物語に大胆に編曲して演奏しようとします。しかもエルガーの許可なく。
突然訪れたエルガーにこの無許可変更がばれるのかというのがサスペンスとなっています。ここで登場するエルガーは太っていてその姿同様に尊大なちょっと嫌なやつとして描かれています。「愛のあいさつ」のかわいらしさからは想像できない人物像でした。

この村の人々をずっと見てきた私たち観客には「エルガーケチなやつだな」と思うのですが、考えてみれば、作曲家が心血を注いで生み出した曲を勝手に改変されるのはやはり嫌だろうなということは想像できます。この作品でエルガーの人物像を確定するのは危険ですね。
映画の中のエルガーは女好きみたいな描かれ方もしているのでちょっと気の毒ではあります。エルガーの人物像をAIに尋ねたところ「外見の威厳ある紳士像の裏腹に、繊細で自卑的な内面と深い孤独感を抱えていた」とのこと。「有名音楽院で学ぶ機会がなく、音楽理論や作曲をほぼ独学で習得」し英国の音楽業界の中ではアウトサイダーのコンプレックスを抱えていたようです。
有名なチェロ協奏曲も内省的で鬱々とした部分が多いです。そこがいいんですけどね。
結局町の合唱団はエルガーのオラトリオ「ゲロンティアスの夢」の主人公を老人から若き兵士に置き換え、戦争の社会背景を舞台にして上演します。この演奏が映画のクライマックスとなっています。しかしこのオラトリオよりも、合唱団の団員の悲喜こもごもの方が強く印象に残ります。
国ために戦い、右腕を失って戻ってきた青年。共に合唱をしていた恋人はなんと合唱団の別の男に心変わりしてしまっています。距離が恋心を引き裂く現実が悲しい。完全に気がない女とまだ未練がある男。女はかつての恋人の前で新しい恋人といちゃついても平気です。

そんな状況で同じ合唱団にいるのは不思議ですが、腕を失い恋人を失った男は、歌だけは失いたくなかったのでしょうか。オラトリオの主役として昇天する男の歌を歌います。でも丘の上でかつての恋人に懇願してペッティングしてもらう(女は機械的)悲痛さよ。
童貞を捨てて戦地に向かいたい3人の若者は、一人は思いをとげ、一人は断られ、一人は相手すらいません。そのグラディエーションも現実的で非常に悲しい。ラストで3人は列車に乗り元気に出征していきます。このシーンで本作が静かなる「反戦映画」と強く感じました。

さて最後にレイフ・ファインズ御大の指揮ぶりを見てみましょう。教皇選挙の進行役やレイジウイルスにてディストピアとなった28年後の世界で悪魔のロックショーを演出したり、なんでもこいのファインズですが、偏屈な音楽家の合唱指揮は主に背中の方から撮影されています。
あまり腕もふらず体も動かさない指揮ぶりは名指揮者ともいえない微妙な表現でした。例えば弦楽器の演奏シーンでは、役者が奏法に熟達してないことは一目瞭然です。でも指揮の場合そのへんはうまくごまかせているように思えました。厳格で偏屈な人物像には合っている指揮ぶりともいえるでしょう。


銃後の暮らしの中にも合唱を楽しむ姿は、日本のそれとはだいぶ異なるようですね。若者たちの悲しき青春は、静かなる反戦映画ととらえました。

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