
話題の新書です。ネット特有の共同構築型怪談とは。
結論
ネット怪談の広い世界を垣間見る。特に海外での展開は興味深かった。ネット怪談も小説怪談も両方楽しみたい。
概要
「きさらぎ駅」「くねくね」「三回見ると死ぬ絵」「ひとりかくれんぼ」「リミナルスペース」など、インターネット上で生まれ、匿名掲示板の住人やSNSユーザーを震え上がらせてきた怪異の数々。本書ではそれらネット怪談を「民俗(民間伝承)」の一種としてとらえ、その生態系を描き出す。不特定多数の参加者による「共同構築」、テクノロジーの進歩とともに変容する「オステンション(やってみた)」行為、私たちの世界と断絶した「異世界」への想像力…。恐怖という原始の感情、その最新形がここにある。
google Booksより引用
感想

「きさらぎ駅」という映画は、期待していなかっただけにけっこうおもしろく観ました。この映画の脚本が、発端のSNSへの書き込みに加え、そこから派生した書き込みまで含んだものであるということを本書にて知ることができました。
インターネットの掲示板(板)の登場は、これまで著者→読者という一方通行の怪談の流布が双方向に発展する契機となりました。
「きさらぎ駅」も、「はすみ」という人が発信した「いつも乗っている路線の電車に乗車したのに、知らない駅についた」という書き込みとその後の実況、そして突然途切れてしまう書き込みがスタートです。
これに同様の体験をした人の投稿や実際にその駅を探し求めてここではないかと写真などを投稿する人が出てきます。これまでの読者の立場が発信者の立場に変換するということが、簡単にできるようにしたのがインターネットであるわけです。
換言すれば、インターネットのインフラが怪談の共同構築を可能にしたというわけです。
このネット上の多くの怪談をきちんと研究した例が少ないと著者は言います。そこに踏み込んでいったのが本書というわけです。

実際にきさらぎ駅を探しにでかける人が出てきたと前述しましたが、著者はこれを「オステンション」と呼びます。「実際に自分が体験する」ことで、例えば心霊スポットに自分が出かけていくのがその代表です。
機器の進化とともに、このオステンションを実況していくことも可能になってきます。実況の初期段階の「何が映っているかわからない」画像から、現在の誰もがスマホにより鮮明な画像を発信することができるまでの進化の歴史も記され興味深く読みました。
テクノロジーが私たちの表現を補完し、急速なスピードと範囲で伝播していく時代に同席できたのはうれしいことです。どこかで見かけたり聞いたりした話や映像は、検索によってすぐに探し出して自分のものにすることができるのですから。
本書はさらなるこれからのテクノロジーとして「AI」との関係にも言及します。それは「生成AI」による画像です。「ローブ」という頬の赤い怒ったような女性の顔。これは、マーロン・ブランドの顔写真をもとに、何度かのプロンプトを加えてAIに画像を生成させると、いつも決まってこの顔になるという不気味なものです。

「2024年11月5日」という生成AI画像は、多くの人々が道に倒れている複数の画像。題名の日は、トランプ再選なるかというアメリカ大統領選の日。議会襲撃などの過去報道を踏まえたアメリカの未来を生成したとも考えられます。
「ローブ」にしろ「11月5日」にしろ、その映像から人々が感じるのは「不穏」の感情です。
著者は「ネット怪談/ネットホラーの多くは、そのような不安や不穏さこそを中核にしている。もはや恐怖に物語は必要ない」と断じています。
「新耳袋」に代表される「実話系怪談」も原因や因果がまったくわからず終わってしまう話ばかりです。そこに残る「不安」「不穏」「後味」を楽しむものにすらなっている。
一方私は原因や因果がわかって「ほっとする」のも好きです。その道は小説という文芸にゆだねられるのでしょうか。

ネット怪談の知らない世界までのぞき見ることができた本でした。今後もどんどん変化していくネット怪談を楽しみたいですね。また、小説世界の怪談の伝統の継承と発展も楽しみですよ。
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