
公開4日目。月曜10:25の回。IMAXなので少し後方に座ってみたが
結論
息をのむ映像美、「駅馬車」オマージュの活劇シーン、サービス満点なのにまだ満足出来ない。それはリドスコ映画に寄せるファンの期待ハードルの高さの証明か。
概要・あらすじ
『ブレードランナー』『エイリアン』の巨匠リドリー・スコットが 世界的ベストセラー“史上最高のディストピア小説”を映画化。 謎のパンデミックで人類の大半が死滅、生存者たちが奪い合い殺し合う狂気の世界。 パイロットのヒッグ(ジェイコブ・エロルディ)は元軍人のバングリー(ジョシュ・ブローリン)と共同戦線を張ることで日々を生き延びていた。 ヒッグの理性をつなぎとめていたのは、愛犬ジャスパーの存在と亡き妻の記憶だけだった。 そんなある日、小型機の無線に“謎の声”が届く。 失われた日常を求め、その声に導かれるようにヒッグは未知の空へと飛び立つ。 世界の終わりに、まだ希望は残されているのか――。 魂を揺さぶるディストピア・サバイバル。
- 監督リドリー・スコット
- 原作ピーター・ヘラー
- 脚本マーク・L・スミス
- キャストジェイコブ・エロルディ, ジョシュ・ブローリン, マーガレット・クアリー, アリソン・ジャネイ, ガイ・ピアース
公式HPより引用
感想
映画を見るときは前の方で観ます。自分の前に人がいると現実が抜けず、没入できないからです。今回はIMAXレーザーなので巨大画面を予想して少し後方の席を取りましたが、失敗でした。
長崎のIMAXシアターのスクリーンはそれほど大きくなく、おまけにすぐ前の席に2人の観客。しかも一人は座高の高いもじゃもじゃの頭で、座席の背もたれからかなりもじゃもじゃが飛び出している。スクリーンの下部にもじゃもじゃがかかって少し削られてしまう。「最悪ー」というスタートでした。

しかし映画が始まるともじゃもじゃもリラックスしてきたのか頭は下がっていき、スクリーン下部をさえぎることはなくなりました。投影映像自体も関東のIMAXシアターで観た時のように天井から床まで全部に投影されるのでなかったことも功を奏したようです。
それくらいIMAXらしくない大きさが長崎のシアターです。
「エイリアン」と同じ20世紀フォックスのファンファーレのあと、スコットフリーのアニメ。リドスコの映画が始まるという期待感が膨張してきます。本作の原題は「ドッグ スターズ」です。何?という感じなので、わかりやすい邦題「ラスト・サバイバー」となっています。ちょっとどんくさくないですか?
原題の「ドッグ スターズ」は、おおいぬ座の恒星「シリウス」の英語表現(Dog Star)です。映画のエンド近くで主人公ヒッグがシーマに星の説明をしていました。「あれが大ジャスパー座」「それ正式な星座名?」幸せな会話を交わす二人の上に満点の星が輝いています。ディストピアになって一番よかったのは星がきれいに見えることかもしれません。
さてこの映画、十分に楽しませてくれるのですが、どうも優等生的な感じがしてなりません。子供も女もスナイパー銃でバンバン殺すし、プロペラで首ちょんぱ、その首がフロントガラスに「ドン」とぶつかり体液が付着などなかなかにグロいシーンも満載なのですが、緊張感が薄くのんびりしています。
飛行機という足があり、近くの町でまだまだ残っている資材や燃料も調達し放題。煙草もコーヒーもウイスキーも楽しめてしまう。この充足がディストピアの切迫感を緩和しているように思えます。まあこれも一つのディストピアではあるのですが。こののんびりしんみり感が本作の個性といえるかもしれません。
「28年後・・・」ではこの物質的な充足感は感じられません。続編の「白骨の神殿」ではサムソンとケルソン医師との交流という草原でのほんわかシーンもあるのですが、常にサムソンがいつ豹変するかわからない緊張感は保っていました。

本作ののんびり感の因のもう一つは、近くに善良なモルモン教のコロニーがあり、ヒッグはそこと交流があるということです。アジア系の男性が一人と多くの女性や子供たちが暮らしている。平和そうなこのコロニーの存在は生き残った孤独感をかなり緩和しています。
そういえば本作には黒人が出てこないように思われます。白人ばかり。アジア系の彼を除くと白人だけで構成されている世界になっている。黒人は感染症で死に絶えたのでしょうか?
ヒッグとバングリーの住家を襲ってくる連中にも黒人は見当たりませんでした。映画の中に無理にでも黒人や黄色人種を配するポリコレ的な作品も気に入りませんが、黒人を完全排除しているのは何か意味があるのでしょうか?

バングリーに射殺される子供か女の子も白人だし、クライマックスで大量人数で襲ってくる連中はスキンヘッドに入れ墨で、まるで山海塾のようですが黒人ではないようです。一方ヒッグとシーマと親父さんの家を襲う集団は馬に乗っていてネイティブアメリカンのようにも見えます。黒人ではない。
自らの食料にも困るような世界で馬を養っているのもちょっと不思議で、これは飛行機での脱出シーンをまるで映画「駅馬車」のようにインディアンに襲われる馬車のサスペンスをオマージュしたようです。
それにしても子供や少女、山海塾、インディアンという手を変え品を変え襲ってくる連中の背景は一切描かれません。次々に襲ってくるゲームのパーツのようです。それは違和感として残る気がします。
優等生的でスムーズで美しい映像や物語の中で、リドスコ的アナーキーさが感じられるの希望の町グランドジャンクションでの映像でしょうか。人工的で異様なその世界は「ブレードランナー」でレプリカントのプリスが潜入する遺伝子技術者のセバスチャンのアパートを想起させました。
CA姿のダーリーンの姿は気持ち悪かったですね。ダーリーンたちの本意を感知したヒッグの対応はそれにしても素早かった。バングリーが持たせた手りゅう弾がここで生かされる複線回収は爽快でした。

ヒッグらが行き場を失ってバングリーの元に戻ると壊滅的な状況に暗澹とさせるも、腹に大きな包帯を巻いたバングリーが4つのマグカップをもってヒッグら3人を迎えるハッピーさは、ディストピアをしばし忘れさせてくれます。
自らの身を自分一人で守り抜いてきた孤高のバングリーが、あれほど距離を置いていたモルモン教の人たちのお祭り?で楽しそうに演奏をしているのに、こっそりとギターで加わるのも超ハッピーな瞬間です。
ラストのヒッグとシーマが「ドッグ スターズ」を見上げながら幸せな会話を交わし草原に寝転ぶのも、愛するものを得た最も幸せな時間を映してハッピーの連続で映画は終わります。これまたちょっと優等生かな。
最後にシーマ役のマーガレット・クアリーは「サブスタンス」のコピー美女や「ブルームーン」の野心ある女子大生美女と姿の美しさが先行していた感はありましたが、本作では素朴でまじめな田舎娘的な役もこなせることがわかりました。今後が実に楽しみな女優さんです。


サービス満点で十分楽しめたのだけれど、リドスコ印として見る者の期待のハードルは高いんですよね。
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