「隠元」出版記念 澤田瞳子トークショーを聴く

本
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samon
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あいにくの大雨だったが、旧県立図書館には多くのファンやTV局も詰め掛けていた

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結論

大量の資料をそのまま文章にすることなく、自分の中で租借し、そして現地を自分の目で見、空気感を感じてそこから小説を紡ぎ出す澤田氏の創作の秘密を感じることができた。

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概要

長崎県が実施する、本県を舞台とした小説・漫画作品等の創作を支援する事業「描いてみんね!長崎」の支援作品である小説『隠元』の発売を記念し、作家・澤田瞳子氏によるトークイベント&サイン会を開催します。
本作品は、直木賞作家である澤田瞳子氏が、江戸時代初期に中国から来日し黄檗宗を開いた隠元禅師と、その弟子となった孤児の人生を描いた歴史小説です。物語の重要な舞台の一つである長崎での取材や創作の裏側について、著者自らお話しいただきます。

ネットより引用

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感想

駐車場から会場までは少しの距離でしたが、かなり濡れてしまいました。イベントにはあいにくの天候ですが、タクシーや自家用車で送ってもらうファンが次々にやってきていました。事前の案内に会場に駐車場はないとのことでしたから。

会場の席はかなり埋まっていましたが、前から2列目が空いておりラッキー。司会の方に紹介されて澤田氏が登場します。トークショーは講演形式でなく、司会の女性が様々な質問をしてそれに答えるという形です。

途中から取材に協力した県の職員の方も加わって3人で進みました。

澤田氏は髪に白いものが混じるやせ型の地味目な女性でした。1977年生まれですので49歳ですね。白髪などあまり気にしないという感じでしょうか。

話は新作「隠元」の話題で当然始まります。「江戸時代初期の固まり切っていない時代に隠元のような異分子が入ったらどうなるのかということに興味があった」と執筆の動機のようなものを語りました。

隠元は名前のとおり「インゲンマメ」を広めたことはよく知られていますが、他にもスイカやレンコンも広めてくれた恩人です。スイカもレンコンも大好きですから。澤田氏は「原稿用紙」を広めたと教えてくれました。明朝体もなんですね。まあ現代に残るもの多々です。

小説においては、ダメなエピソードがある人物は書きやすいけどれ、隠元はそんなダメ話がほとんどなく、書きにくかったと述べました。

本作は雑誌に掲載した連作短編をまとめたものだが、特に第1話の「わらわ鬼」のエピソードは気に入っているとのこと。このエピソードは長崎の町が舞台になっています。洋の東西の入り混じった町である長崎が好きであり、特に少年の主人公が福斉寺から階段を下って町に出るシーンが気に入っているとのことでした。

このシーンは長崎での取材で体験したことから生まれたそうです。取材に同行した県の職員さんによると、福斉寺で急に澤田氏がいなくなり、探すと寺からの階段をトントンと降りて筑後町まで下っていたそうです。この体験が小説に反映したそうです。

長崎での取材資料は段ボール箱3つにものぼったらしいですが、澤田氏は現地取材の主眼をその場所での空気や広さやあるものなど「空気感」をとらえることにおいているという話でした。ゆえにメモも取らないし、写真も自分では撮らないとのこと。多くの資料もなるべく使わないようです。現物資料にあることをそのまま小説の文章に起こすのでなく、自分の中で熟成させて自分の文章で描くということでしょう。

今後描いてみたい題材を聞かれ、澤田氏は江戸時代初期を挙げました。江戸時代初期は天下泰平が固まる前の人々が自由に生きられた時代でありそこで生きる人々を描きたいということでしょう。

長崎に関連する題材では、桃山時代のキリシタンの姿や幕末から明治にかけて活躍した医師「松本良順」を挙げました。

桃山時代のキリシタンの代表といえば「細川ガラシャ婦人」です。絶世の美女といわれた彼女の短くも美しく燃えた人生を澤田氏の筆で描いてもらいたいですね。

長崎大学医学部のキャンパス内に「良順会館」という施設があります。学会発表などができるホールをそなえた施設です。松本はオランダの医師ポンペに師事し、日本初の西洋式病院である長崎養生所(のちの長崎大学医学部)の設立に尽力しました。その功績が「良順会館」として形として残っているのでしょう。彼の生きざまにもとても興味を惹かれます。

samon
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やはり作家のトークはおもしろい。おもしろい物語を紡ぐ人は語りも魅力的でした。「隠元」ぜひ読みたいです。

コメント

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