ヤマザキマリ著「ヴィオラ母さん」読了 破格の漫画家文筆家を育て上げたのは超破格な母リョウコだった 逞しく自分の人生を生き抜く母の生き様

スポンサーリンク
samon
samon

映画化もされた漫画「テルマエ・ロマエ」の作者ヤマザキマリが語る母の姿は、大笑いしながらもじんと泣けてくるものがあります。写真や漫画も多くはさんだ構成はとても読みやすく工夫されています。ヤマザキマリを育てたのは、どんな母さんだったのでしょうか。

スポンサーリンク

結論

リョウコの人生と子育てを通して、簡単にはまねできないものの、爽快な気分にさせてくれるとともに、子育ての本質を考えさせてくれる良書。

スポンサーリンク

ヴィオラ母さん

本書の主人公であるリョウコさんが、2022年末にコロナにより亡くなりました。私はそのことを知らずに本書を図書館で借りて読んだのです。本ブログ執筆中にそのことを知り驚きました。コロナによる死者をとても身近に感じてしまう出来事でした。

さて、そのリョウコさんの89年の人生はエキサイティングです。マリさんを指揮者である男性との間にもうけますが、その男性は亡くなります。札幌交響楽団の創設を聞き、北海道に移住。札幌交響楽団の創設メンバーとしてヴィオラを演奏。またバイオリンを自宅で教えるなどして生計を立てます。

リョウコさんは、幼少から弦楽器を習っていたことからわかるように、実は「深窓の令嬢」として大事に育てられたのです。当初親の紹介する会計事務所で働いていましたが、音楽への思い捨てきらず、周囲の反対を押し切って北海道へ移ります。

別の男性と結婚し、異父妹が生まれます。その後離婚。リョウコさんはシングルマザーとして二人の娘を育てることとなります。

ここからの子育てが、通常の母親とかなり異なることが本書の眼目であると思います。ぜひ、本書を読んで感じていただきたいです。ちょこっと触れると、「弁当箱に食パン事件」「自分の休みの時に学校を休ませて一緒に遊びに行く事件」「北海道の急流に流される事件」「かわいそうだから連れて帰ってきた事件」などそのエピソードは破天荒の連続です。

ざっくりまとめるならば、「やりたいことを徹底してやらせた」ということでしょうか。彼女自身がやりたいことを全力でやってきた人生であり、子どもたちにも同様に対処したともいえるのですが。彼女の生き様そのものが、子どもたちへの教えであったのでしょう。

ありのままに生きていて充足している人は、等身大以上の自分になろうとしない。自分はこうありたい、こういう人間であってほしいという、理想もなければ、それを叶えるために躍起になったり虚勢を張ったりすることもない。なぜなら、今の、この世に生まれたかくある自分で十分満ち足りているからだ。リョウコが子どもを産んでも、世間が作り出した母親像をほとんど意識することなく、独自の子育てを通し続けられたのも、命の自由を謳歌し、波乱万丈でも「生きることって結局は楽しんだよ」ということさえ子どもに届けばそれでよし、とどこかで確信していたからなのだろう。

P227

世間のつくった像とか、だれかと比べるとか、私たちが陥りがちな子育ての間違いを指摘されたようでどきんとします。

自分自身がほんとうにやりたいことを続け、満ち足りた人生を楽しんでいる姿そのものが教育であるということなのでしょう。それが結構難しいんですけどね。やりたいことを仕事にできた人はほんとうに幸せだと思います。

スポンサーリンク

ヤマザキマリ

NHK-Eテレの「趣味どきっ!」の「読書の森へ 本の道しるべ」というシリーズの3回目に登場したのがヤマザキマリさんでした。この番組は、ゲストの紹介する本で新たな本と出会える楽しみと、ゲストの人となりも感じられるというダブルのメリットがある番組で好きでした。

彼女の独特の視点やものの考え方も大好きですし、語り口もとても魅力的な方です。普通の日本人がたどる道とは、少し違った芸術性にみちた歩みをみれば、彼女が破格の人であることがわかります。破格な彼女を創ったのがこの超破格な母「リョウコ」さんだったのは、本書を読めば十分に納得がいくことですね。

samon
samon

あとがきで、マリさんはリョウコが理想としたのが「サウンド・オブ・ミュージック」のマリアではないかと書いています。「音楽の伝道師であり、なにより生きる楽しさの見本だった」母は、まさにオーストラリアの自然の中で歌い恋をするマリアに重なります。爽快で、笑えてそして泣ける「ヴィオラ母さん」ぜひお読みください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました