山田洋次監督作品「男はつらいよ 霧にむせぶ寅次郎」(BSテレ東)を観ました。
「男はつらいよ」シリーズはどの作品も本当におもしろいですね。はずれに当たったことがありません。毎年2本お盆と正月とにこのクオリティの作品を作り続けることのすごさを痛感します。今回のマドンナは中原理恵。そして芸能界一ケンカのつよい男として知られる渡瀬恒彦が強烈な印象を残します。
プレ動画
BSテレ東での「男はつらいよ」前話放送企画では、本編開始前に短い関連動画が差し込まれます。これが、結構おもしろいのです。「くるまや」の店員三郎役の北山雅康さんが案内役として、さまざまなゲストに会って話を聴く体裁で動画が作られます。
今回は、シリーズのデジタル化(4K修復)に関することで大変興味深かったです。現在全国3500の映画館でフィルム上映ができるのは100くらいしかないそうです。よって、寅さんシリーズを劇場で上映するの難しい。そこで、デジタル化の話が起こります。
デジタル化できれば、多くの人が劇場で寅さんを観ることが可能になるわけですね。フィルムのデジタル化がスタートするのですが、期限が切られます。シリーズ50作目の「男はつらいよ お帰り寅さん」では、すでに亡くなった渥美清が出演できない代わりに、過去の49作の4Kデジタル修復版が使われることになったのです。
何と時間は2年間しかありません。2年間で49作を4Kデジタル修復していく戦いが今回のプレ動画で語られました。中でも、通常はライバル会社である現像所の「イマジカ」と「東京現像所」が力を合わせるという場面があり、感動的でした。人々を利を越えてひとつにしていく力が「寅さん」にはあるのだといたく感心しました。
一貫した「霧にむせぶ」というテーマ
さて、本編です。冒頭の寅の夢の中のドラマには、今回「さくら」は登場せず、いきなりヒロインの中原理恵と渡瀬恒彦が登場するので驚きました。酒場のシンガーの歌があまりにセクシーなので、清純な倍賞千恵子は使えなかったのでしょうか。
しかし、中原・渡瀬の登場が普段にないリアルさを与えていて、いつもの三文芝居風は薄くなってます。こういうのもありですね。しかし、夢の目覚めは笑わせてくれます。かっこよく霧の中を歩く寅がその霧にむせてしまうと、夢が覚め、お寺で寝ていた寅のそばでおばさんが焚き火をして、その煙にむせるという落ちです。
この冒頭から「霧」という素材が登場するわけですが、この作品の中で「霧」がさまざまな場面にちりばめられていて、一貫して「霧」が何かを象徴していることが感じられます。
フーテンの風子
今回のヒロイン中原理恵は北海道出身なので、北海道を中心に描かれる本作にはぴったりです。でも、道産子弁とかはほとんど感じられませんが。
中原理恵は「東京ららばい」のヒットで知られる歌手です。「東京ららばい」は松本隆/筒美京平の黄金コンビの作品ですね。その後、欽ちゃんのバラエティでコメディアンヌぶりも発揮し大人気でした。
本作では、美しさの中に危うさをまとった「風子」像を魅力的に演じています。鼻が高くて仲里依紗を大人っぽくした感じですてきです。
風子は、根室で理容師の職に就いたものの、寅に「いっしょに自由気ままに生きていきたい」と告げます。このとき、外は夜霧につつまれており、霧笛が鳴っています。
夜霧の不安や霧笛の切なさが、まるで人をまじめに生きる道から外してしまおうとする悪魔的なものにも感じてしまいます。
かたぎ
風子の告白ともとれる言葉に対し、寅はまじめに働いて夫をもち子供をもって、しあわせに暮らすのが最良だと説教します。
これは、その前に久し振りに出会った昔舎弟だった「登(秋野太作)」が、かたぎになってまじめに食堂をやってい姿を見たことがあるでしょう。
また、寅自身が永らく渡世人家業を続け、そのわびしさ厳しさ孤独を十分に知りすぎているからでしょう。かといって、そこから抜けられないことも寅は知っています。
それは、「トニー(渡瀬恒彦)」に「風子から手を引け」と話をつけようとする場面で、「あんたも渡世人ならわかるだろう」というような対話からも察することができます。
映画「竜二」は、やくざ家業から一時は抜けようと決心するも、やはりもとに戻ってしまう男の人生を描いていました。それを思い出しました。
寅の風子への説教は、風子の幸せを心から願うものであったわけです。風子はそのときはわからず、拒否されたと感じて、やくざもののトニーに走ってしまったのかも知れません。
やたらドタバタな明るいエンディング
前半の多くが旅先での寅と風子のことが描かれます。後半はほとんどが葛飾柴又での進行となります。いつもの寅のとらやでの頻繁な出入りは本作では無くなっています。これも独特ですね。
トニーと一緒に東京に出てきた風子は、病に伏せっており、それを寅が救い出してとらやでの風子の生活が始まります。やがて、癒えた風子はトニーと話をつけようとしますが、「もう手は打った」という寅に「なんで勝手なことをするのか」と怒り、このささいな掛け違いで、一瞬にして寅と風子は終わってしまいます。何ともやるせない二人の幕切れです。
ところが、この映画はこれまでの霧の中のような重々しく暗い物語に対し、とんでもなく明るくドタバタなエンディングが用意されていてちょっと唖然とします。これは、ぜひ映画を観て確認してみてくださいね。
山田洋次は観客をやはり、最後は明るい気分で映画館から出したかったのだろうと思います。「あーおもしろかった。よし、がんばろう」という気持ちをもってもらうことがこのシリーズの目的にあったのではないかと思うのです。
シリーズの中では少し変わった感じのする一作だと思いました。まじめに生きることの大切さ、やくざな生活の悲しさといものに一歩踏み込んだ感があります。これには渡瀬恒彦のくずれた魅力、今回初登場のテキヤ仲間のポンシュウ、舎弟の登の再登場などが周りから支えているように思います。それと前半の明るさのバランスをとるための、タコ社長の娘「あかね」の結婚は大事ですね。考え抜かれた脚本とキャスティングと思いませんか。「男はつらいよ 霧にむせぶ寅次郎」を皆様ぜひ御覧ください。オススメです。
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