三宅香帆講演会を聴く

エトセトラ
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samon
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読書教育に関するNPO法人のフォーラムでのゲスト演者として来崎

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結論

youtubeでのハイテンションとはまた異なる落ち着いた知的な語りにますますファンになるのでした

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概要

読書を通じた豊かな人間形成と地域文化の創造を目指す。学校・図書館・書店・地域等と連携し、読書活動の普及、読書環境の整備、地域に根ざした文化的な交流の推進を図り、誰もが心豊かに学び続けられる「読書文化のまちづくり」の実現を目的とする。

noteページより引用

【おかげさまで申し込み満員です!!ありがとうございます!!】
第4回ながさき読書教育フォーラムのご案内:三宅香帆氏の講演
1 大会名  令和7年度 第4回 ながさき 読書教育フォーラム
 2 主 催  NPO法人 ながさき読書文化フォーラム ・長崎県朝の読書連絡会
 3 共 催  長崎市立図書館・長崎県教育委員会
 4 後  援  長崎市教育委員会,長崎新聞社,西日本新聞社,
        KTNテレビ長崎,NBC長崎放送,NIB長崎国際テレビ,NCC長崎文化放送など
 5 日 時  令和8年3月7日(土) 13:00〜16:45
 6 場 所  長崎市立図書館 多目的ホール

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感想

開演前に会場に入場してきた三宅氏はかわいいセーター姿で、華やかなオーラをまといすぐに彼女と分かります。関係者と少し挨拶を交わした後は、座って静かに出番を待っていらっしゃった。

講演会が始まると、youtubeのハイテンションの語り口とは明らかに違う落ち着いた調子で話を始めた。自己紹介では、高知県に生まれ親との待ち合わせ場所がたいがいイオンの書店だったとのこと。本に自然と親しんだ背景の一つだという。私も飲み会の友人との待ち合わせが書店だったことは多い。

さて講演の内容は記憶に残る部分のみを散発的に記しておきます。ペンを忘れメモができなかったのは痛恨です。演題は「読書の歴史と未来」

読書の歴史では大正期の教養としての存在がまずあった。エリートが身につけるべき教養として本は読まれた。これが戦後の高度成長期には娯楽としての読書に変わる。代表に挙げられたのが司馬遼太郎の「坂の上の雲」毎日の通勤電車の中などで読まれ続けるために、この全6巻の長い長い小説でも読まれたという話はおもしろかった。ゆえにこの本はキヨスクなどでよく売れたらしい。

自分の読書の目的はほとんどこの娯楽的要素です。先日「シューマンとその時代」という分厚い本を図書館から借りて読みましたが、最初のシューマンの生涯の年表的な文章を読んだ後の論考はもう難しすぎて全然読めませんでした。即返却です。

読書の目的を歴史的に見てきたわけですが、現代の大量の書籍群を私が見るに、娯楽本と実用本がその大勢を占めているのではないでしょうか。加えてネット上の大量の活字も読む対象となっていますね。ネット上の文章が余分をそぎ落とした目的に直結する情報であることに対し、三宅氏はノイズを取り入れることの重要性を語りました。

電子辞書が登場したとき、ある言葉の意味に直結するこの機械に対し、紙の辞書をめくる効用として、周辺情報に触れる重要性はよく語られました。三宅氏の論も同様のことであったのではないかと思います。目的とは関連のない周辺情報(ノイズ)が人の思考を刺激し、新たなアイディアの誕生に向かうといいます。

タイパ(タイムパフォーマンス)を重要視する現代人は周りの景色には目もくれず、目的地へ一直線で向かうことを欲する。映画を倍速で観るという私には考えられない若者もいるらしい。ノイズを排した情報の入手が未来の人間の脳細胞にどのような影響を与えるのか心配にもなります。

三宅氏の話でもう一つ印象的だったのがクリシェのことです。クリシェとは常套句のこと。使いすぎて本来の言葉の深みや目新しさがなくなった言い回しです。三宅氏が例えに挙げたのは「考えさせられる」や「泣ける」などです。

三宅氏は、自分の考えを言語化するときに、このクリシェを使わずに対象を細分化して言うとよいと主張します。例えばある映画を観てその感想を言うとき「この映画は考えさせられました」と言うのでなく、どこの場面に対しどのようなことを考えさせられたのかを細分化して表現せよということ。

私も自分のブログの文章でよく使うクリシェがあって、それは「印象深かった」という言い回し。何に対し、どんな印象を深く持ったのか、今後は細かく表現することを試みたいと思いました。

また、読書の楽しさを分析する考察もなるほどと思わせました。読書の楽しみは「既視感(共感)と驚き」にあるといいます。後者はミステリー小説などで最後の謎解きが披露されたときに感じることはよくあります。

前者の「既視感(共感)」は例えば最近読んだ本ではカズオ・イシグロの「遠い山なみの光」には昭和の長崎の様子が描かれますが、長崎で育った私にはまさに「ああそうだった」と懐かしく共感する場面がありました。

また太宰治の「人間失格」など「これは私のことではないか」とい思う場面があったと記憶しています。これは多くの読者がきっと同様に思ったのではないか。多くの共感がこの作品を名作としているのではないでしょうか。

1時間ほどの講演の後は、会場からの質問が三宅氏に寄せられました。事前に「講演後に質問がないことほど寂しいことはない」と三宅氏は牽制球を投げていたためもあるのか、時間の間に質問が途絶えることはありませんでした。観客の意識も相当高いと思われました。

そして三宅氏の回答がまたすごかった。きかれているポイントにずばり的を射た回答を端的に語ります。無駄がない。多くの質問を受けようとする三宅氏の意図が感じられます。質問に感謝の言葉を忘れないのも好感がもてました。

質問への回答で記憶しているのは、「漱石のような大作家の講演録がおもしろい」という話。講演故にとてもわかりやすいとのことです。漱石は難解と思っていましたので、これは興味がわきました。家に眠っている漱石全集を探してみましょう。

samon
samon

終始エレガントで知的でなおかつ気さくな彼女の話やたたずまいに、ますますファンになってしまいました。

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