
活動停止前のワールドツアー。北九州での演奏を聴くことができました。
結論
透明感溢れるハイドン、驚異のシンクロと集中性のベートーベン、エネルギッシュなシューマン。本当に活動停止が惜しまれる四重奏団の完璧な演奏に酔う
概要
ハーゲン・クァルテット [弦楽四重奏]
ハーゲン・クァルテットは弦楽奏者の親のもと、音楽的環境の中で育ったルーカス、アンゲリカ、ヴェロニカ、クレメンスの4人兄弟によって結成された。途中、長女で第2ヴァイオリンのアンゲリカが退団し、アネッテ・ビクを経て、現在のライナー・シュミットに至る。
1981年にロッケンハウス音楽祭で“審査員賞”と“聴衆賞”を受賞後、ポーツマス弦楽四重奏コンクール、ボルドー音楽祭などでも優勝。1984年にはザルツブルク音楽祭にデビューを果たし、その翌年からドイツ・グラモフォンと専属契約をして多くのCDをリリースした。
長年、室内楽の世界をけん引する存在として、その活動が注目されてきたが、昨年、25/26シーズンをもって、45年間の活動に幕を降ろすことが告げられた。プログラム
ハイドン:弦楽四重奏曲 第74番 ト短調 op.74-3 Hob.Ⅲ:74「騎士」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第16番 ヘ長調 op.135
シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調 op.44ネットより引用
感想

ハイドンの演奏から強烈に感じるのは、アンサンブルから生まれる音の透明感です。寸分の濁りもない湧水のようなサウンドに驚きます。
2階席でチェロのクレメンス・ハーゲンの動きがよく見えたのだが、彼は低い弦のピッチカートを親指を使ってやっていたのが参考となります。
ベートーベンの最後の弦楽四重奏曲はハイドンとはまた異なる姿を見せます。特にビオラのヴェロニカとクレメンスのシンクロ具合はもう完璧で、ユニゾン部分など一人で演奏しているかの如くです。わずかなアイコンタクトでこれが実現するのは兄弟の血のつながりもきっと関連があるのでしょう。
バイオリンの二人は個性が感じられます。第1バイオリンのルーカス・ハーゲンの音はとても繊細で、とくにその弱音の美しさといったら例えようがありません。第2バイオリンのライナー・シュミットは太めの色彩感ある音。でもアンサンブルの中では完全に4人が一体となっているのがすごいところ。

ベートーベンではチェロの高い弦のピッチカートが出てきますが、クレメンスはここでは親指でなく中指を使っていました。さらにはじく部分を上下に様々に変えていました。これは弓で弾くときのスルタスト(指板寄りを弾くと柔らかい音となる)とスルポンチチェロ(駒寄りを弾くと金属的な音となる)の効果がピッチカートでもあるのでしょうか。
休憩後は北九州出身のピアニスト谷昂登が加わってシューマンのピアノ五重奏曲作品44が演奏されました。大好きな曲です。シューマンがクララとの結婚生活を始めた幸せにつつまれた時期の作品です。この曲の1楽章を演奏したことがあるのですが、今回の演奏を聴いて印象がまったく変わってしまいました。
私たちが遅めのテンポで演奏したためと思いますが、優雅な感じで捉えていた冒頭ですが、ハーゲンの演奏はエネルギッシュでパワーに溢れたものでした。

ですがチェロとビオラの交互の旋律の部分は実に典雅で美しい。チェロはリピートして2回目の演奏では左手のポジションを変えて演奏し、変化を与えていました。クレメンスの演奏からテクニックの示唆をたくさん感じさせてもらいました。
2楽章ではビオラの長いソロが印象的でした。速いテンポで第1主題を歌い上げますが、深く激しい音色が心を打ちます。バイオリンにもチェロにも出せないビオラの独特の音色でなければなかったシューマンの意図が伝わってきます。優雅とは違う切羽詰まったような切迫性が刺さってきます。
バイオリンの高い音での天国のような旋律がルーカスの繊細な音には本当にぴったり合っています。様々に変化する2楽章は実にすばらしい曲で大好きです。ぜひチャレンジしてみたいですね。
第3楽章は速い3連音の連続で、アンサンブルの妙を聴くことができる楽章です。一部の隙も無いハーゲンのアンサンブルにあ然とするばかりです。アンサンブルの徹底は音楽の迫力につながり、聴く者を引きこんで離しません。

終楽章ではやはりこの曲のイメージを大きく変えてくれました。どっしりと構えながらもとてもエネルギッシュ。クライマックスのフーガではそれが最高潮に達し、大きな感動をもたらして曲が閉じられます。満足感に満たされた観客のいつまでも続く拍手に、彼らは何度も何度もカーテンコールしてくれました。
でもアンコールはありませんでした。少し残念。このシューマンの名曲名演の後にどんな曲も設定しにくかったとは思いますが、3楽章をもう一回やってくれる手もあったかと思います。夏に柳川で聴いた日下紗矢子らのピアノ五重奏ではそうしてくれましたから。
ピアノの谷氏はアンサンブルの中に自然におさまっていて見事でした。ピアノが突出することが無く、むしろハーゲンの圧倒的な迫力におとなしく感じるほどでした。

充実したごきげんな気持ちで門司の方に移動し、関門大橋の根元のノーフォーク広場で車中泊。途中買い出しした食材とお酒で一人宴会を楽しみました。最高の演奏をくれたハーゲン四重奏団に感謝します。いやあ音楽は本当にすばらしいですね。


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