春日 太一 著「鬼の筆-戦後最大の脚本家 橋本忍の栄光と挫折」剛腕とギャンブルと計算

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samon
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武田鉄矢がラジオ番組で取り上げた分厚い本です。はたして

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結論

結核で戦争にも行けなかった男はその剛腕で人生を切り開き100歳まで生きました。波乱万丈の人生を追体験できる大作です。

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概要

文藝春秋, 2023 – 476 ページ
”全身脚本家”驚愕の真実!
『羅生門』、『七人の侍』、『私は貝になりたい』、『白い巨塔』、『日本のいちばん長い日』、『日本沈没』、『砂の器』、『八甲田山』、『八つ墓村』、『幻の湖』など、歴史的傑作、怪作のシナリオを生み出した、日本を代表する脚本家・橋本忍の決定版評伝。
著者が生前に行った十数時間にわたるインタビューと、関係者への取材、創作ノートをはじめ遺族から託された膨大な資料をもとに、その破天荒な映画人の「真実」に迫る。全480ページ。第55回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作

googleBooksより引用

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感想

剛腕脚本家。著者は橋本忍をそう表現します。原作を変えても、映画としての主張のためならそれをやってしまう。橋本にとって映画の主張とは、客を泣かすことです。そのためなら、例えば「砂の器」で原作では既に亡くなっている父親(加藤嘉)を生かし、クライマックスで登場させます。

容疑者和賀を知っているかとの刑事の問いに「知らん」といわせて観るものの滂沱の涙を誘うのです。

同じく「砂の器」では、原作ではほんの数行の部分を、映画の中心にもっていきます。そう、「砂の器」で誰しもがまずイメージする親子の旅の部分です。橋本は親子の旅を日本の四季に渡って撮影するよう主張します。映画会社が難色を示すと、自らのプロダクションを立ち上げ撮影を刊行。シナリオ上だけでなく、やることも剛腕なのです。

結果、「砂の器」はこの親子の旅のシーンが観客の心に深く残っているのは事実です。親子の遍路はセリフがなく、音楽と映像だけで表現されます。セリフがノイズとなることを橋本は理解していたわけです。

このクライマックスを橋本は「まくり一発」と表現します。これは橋本の競輪ファンのギャンブラーであったことの証左です。競輪の大逆転の言葉を比喩として用いたのです。

ギャンブラー気質は、父親の遺伝を感じさせます。父親は、小料理屋を営んでいましたが、旅回りの一座の興行を扱うようになります。芝居の場に橋本は幼少のころから何度も足をはこび、多大の影響を受けたことは想像できます。興行はある意味ギャンブル的な要素が高い。その父の素養を受け継いでいたのかもしれません。

また橋本は父を愛していました。「砂の器」が暗礁に乗り上げた時、それを読んだ病床の父が「これは当たる!」と言った言葉を胸に、独自プロを立ち上げても映画化した事実が証左です。

閑話休題ですが、来年度のTOHOシネマズの「午前10時の映画館」ラインナップが発表されました。この中に「砂の器」「八甲田山」が名を連ねています。惹かれます。

「八甲田山」も橋本の剛腕脚本作品です。実写化不可と思われた新田次郎の「八甲田山 死の彷徨」を自らのプロダクションで映画化し大ヒットとなります。興行収入25億円の橋本最大のヒット作です。

橋本プロダクションは「砂の器」「八甲田山」を映画化するために、野村芳太郎・森谷司郎らとつくった会社です。つまりは既存の映画会社は上記の2作品を映画化することに難色を示したということです。映画会社が金を出さないなら、自分の会社をつくるという、これまた剛腕ですね。

本書には「砂の器」でともに脚本を手がけた山田洋次監督のインタビューがあります。それまでの脚本執筆のスタイル「温泉旅館で2・3日ゆっくりしてから、酒を飲みながら脚本を書く」と、橋本のスタイルが全然異なることが山田から話されます。

橋本の家に通っての執筆。朝10時から夕方6時までずっと書き続けるというストイックな姿勢です。これまた豪腕を鍛える日々のスタイルともいえるでしょう。橋本の豪腕は素質もあったでしょうが、日々鍛えられた賜とも言える。

後半の「雪の章」では「八甲田山」のことが語られていきます。新田次郎の原作とはいえ、そこに橋本の緻密な計算による脚色があることがわかります。例えば、男中心の軍隊の映画では女が絡まないことによるドラマのなさを橋本は問題視します。

そこで、原作でも雪の中を軍人よりも軽やかに進む女性ガイドは印象的ですが、映画ではそれを拡大し、彼女にウエイトをかけます。妖精のような秋吉久美子の姿は観客の目に焼きつきます。彼女との別れに際しては、原作にない「敬礼!頭 右」まで入れて。

主役の高倉健と北大路 欣也の二人の関係、友情のようなものをドラマの中心に据えます。行軍に行く前に北大路が高倉を弘前に訪ねていくシーンは、私の中では白い雪のシーンの多いこの映画の中で、とてもあたたかな色彩にあふれた場面として残っています。

温かい食事と酒があり、二人の男の友情、そして高倉の妻加賀まりこの優しさ美しさが心に残るシーンを作っています。橋本はこのシーンは前にありすぎて観客は忘れてしまう、クライマックスで再度はさめば良かったと後悔しているという発言がでますが、私にはこの映画でまず思い出すのがこの温かい場面ですね。

「八甲田山」制作時は橋本は脚本家だけで無く、プロダクションの経営者として精緻な戦略をもって製作に当たっていたことも記されます。

まず東宝と松竹のどちらで公開するかについて、両会社を天秤にかけて出す金をせり上げさせる。3年の撮影期間と豪華なオールスターキャストである「八甲田山」に絶対の自信があったと思われます。ここでも豪腕とギャンブラーの血を感じさせます。

さらには、映画の宣伝に関して極めて戦略的な計画を立て、それを実行していく。それらが、橋本の映画で最高の興行収入につながったといえるでしょう。

驚くのは、「八甲田山」への取りかかりは「砂の器」の撮影と並行していたと言うこと。つまり「砂の器」の親子の旅撮影が四季にわたることから、春に長野で親子の旅を撮影したら、そのあと期間が空く。そこでそのすきまで「八甲田山」のロケハンを敢行しているのです。まさに油がのった時期だとわかります。

角川が映画に進出し、「犬神家の一族」に始まる市川崑監督による東宝横溝正史作品が、その宣伝の効果もあり強烈に印象に残っています。ところが、横溝映画は、橋本による「八つ墓村」の脚本・企画が先行していたことは初めて知りました。

ロジカルな推理劇に収斂される市川作品とは異なる、ホラー寄りの作品となった橋本の「八つ墓村」は残念ながら未見です。渥美清の金田一って、石坂浩二のかっこよさの後では「ん」となりません?今となっては渥美金田一見たくてたまりません。

そんな「豪腕」が衰えを見せたのが「幻の湖」という作品です。原作・脚本・監督・プロデュース・編集まで橋本一人で担当しました。2時間44分の長尺の作品は、難解すぎる内容のため観客動員は伸びず、早々に公開が打ち切られ、その後もソフト化されず、題名通りの「幻」の映画となりました。

これまで台詞を刈り込むことで流れやテンポを作ってきた橋本の脚本が、「幻の湖」では、過剰に説明的であり、しかもすべてを一人でやっていたため長尺の脚本を自身では「切ることができなかった」と言っています。

加えて、演出の凡庸さが指摘されます。監督の演出力というのは、脚本に書かれている文章を映像化する工夫をどうできるかに左右される。黒澤にしろ、森谷・野村にしろ、それがあった。しかし、橋本にはその能力がなかったということです。普通に撮影するだけ。20分も続く女の追跡シーンを普通の撮り方だけでは見る方にはあまりにつらい。

著者は橋本家の倉庫で「幻の湖」の絵コンテを発見します。丁寧な絵コンテがきれいな状態の写真が書籍にも掲載されています。著者が「橋本先生は絵も上手だったのですね」と家族に問うと、家族は「楽器はやったが、絵だけは下手だった」と言います。では、この絵コンテを描いたのは誰か。いきなり推理仕立てになってわくわくします。顛末は本書をお読みください。

ずいぶんと長いブログになってしまいました。結核を病み、長い命は望めなかった橋本はなんと100歳まで生きたのです。終末期は複数の癌に罹患し、薬の副作用にも苦しんだようですが、最期まで脚本家であろうとしました。

著者の春日は、本書のラストに「羅生門」のような大どんでん返しを置こうと初め考えていたようです。が、そうしません。私も必要ないと感じます。橋本の生き様自体が、波瀾万丈であり、豪腕であり、博打であった。これ以上に最後の大波乱はもう不要だと思います。

samon
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橋本忍という脚本家をくっきりと彫像するような圧巻の著作だと思います。分厚さも、彼の激しい人生をたどるうちにあっという間です。TOHOシネマズの「砂の器」「八甲田山」リバイバル上映楽しみにしています。

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