「Xエックス」のスタイルと全く異なるアプローチでの前日譚。
結論
「オズの魔法使い」「メリー・ポピンズ」のディズニーの夢のカラフル世界の中で、ドイツ移民の子パールのどす黒いシリアルキラーの才能が現出する対比が観る者の心を揺さぶる。
概要・あらすじ
『ミッドサマー』を手がけたスタジオ・A24が初めての3部作として送りだす、『X エックス』の前日譚。高齢の連続殺人鬼パールがダンサーを志し、華やかな世界に憧れた若き日々を描く。監督はタイ・ウェスト。出演はミア・ゴス、デヴィッド・コレンスウェット、タンディ・ライト、マシュー・サンダーランド、エマ・ジェンキンス=プーロら。
少女パールは、人里離れた農場で厳しい母と体の不自由な父に育てられた。パールは、ダンサーを目指し、華やかなスターの世界で名を馳せることを夢見ていた。しかし、両親がパールに注ぐ異常な愛情が彼女の夢を腐らせ、無垢な少女から無邪気な殺人鬼へ変貌する。
上記ともネットより引用
感想
ドイツ系移民の母親(タンディ・ライト)の高圧的・冷血な演技が怖い。会話の中に入るドイツ語がパールを追い詰めていきます。吹き替え版で観たので、不意に英語字幕が出るのでそこがドイツ語の部分とわかるのだが、吹き替え無しならもっと迫真であったと思います。
ドイツ系移民が当時どんな待遇を受けていたのかはわかりませんが、第1次大戦当時なので、ドイツ人への風当たりが弱かったとは思えません。ただ、パールの夫の母や妹は白人の特権階級的存在ですが、パールの家族への対応は優しく、食料(豚の丸焼き)を持ってきたり、妹はパールにとても親しそうに振る舞います。
頑なにそれを拒否するのはパールの母親の方であり、自ら孤立を深めている感はあります。
家畜の世話と体の動かない父親の世話に明け暮れるパールの楽しみは、街で観る映画。その華やかな踊りの世界にあこがれ、踊り子になりたい夢を抱きますが、母親が許すわけはありません。
子供が重要な労働力であり、そのことがパールを縛ります。母親の中に夢物語のリスクを心配する気持ちがあったかどうかは判然としません。
父親は表情すらも動かすことが出来ず、パールの狂気を目の前にして、目だけで恐怖を表現しており、それが非常に怖さを見るものに感じさせます。動くより難しい演技だったかもしれません。
映画館で出会う映写技師は「いつでもおいで、どんな映画でも見せてあげる」とパールを誘います。ハンサムでサスペンダーにネクタイをしめ、身だしなみがきちんとした映画技師は、パールの夢を膨らませる役をはたしているのですが、あっさりと三又フォークの餌食になり、ワニの湖に車ごとしずめられます。
強引でもなくジェントルな映写技師がちと気の毒。見境なく一気に爆発する狂気がパールの怖さ。
オーディションで不合格を言い渡されても、泣きわめいて自分の夢にしがみつこうとするわがままさも、なにか常軌を逸したものを感じさせて恐ろしい。
環境によって醸成されたというよりも、もって生まれたシリアルキラーの素質を感じさせます。
底知れぬ闇を抱えた彼女のまわりは、往年のディズニー映画「メリーポピンズ」や「オズの魔法使い」の如きポップでカラフルな色味で描かれるのが特徴的です。
かかしとダンスするところはまさに「オズの魔法使い」を思い起こさせます。仕舞にはかかしの上に載って疑似セックスのようになるのがまた狂気ですが。
非常に明るい周囲が、パールのどす黒い狂気を対比的に倍加させる効果があるでしょう。
黒澤明は、主人公がどん底の心境のときにとても明るい音楽を流すという手法を取りました。
パールのセックスへの執着の強さは「Xエックス」で描かれていました。老人のセックスシーンというのはなかなかにきついのですが、演じているのが特殊メイクのミア・ゴスであったので、きつさは心理的に緩和されます。
両親・義理の妹・ひと夜の恋人をすべて殺害してしまったあとに、戦争から夫が戻ってきます。ラストカットの長回しでのパールの表情が、彼女のもうどうしようものない心情を強烈に観る者に焼き付けて映画は幕を閉じます。笑い顔の中にあふれ出てくる涙が心に突き刺さります。衝撃のエンディングです。
三部作完結の「マキシーン」では、いったいどんなスタイルで私たちの前にあらわれるのか、非常に期待が膨らみます。
「パール」→「Xエックス」の時制順に観るのもおもしろそう。「パール」はアマゾンプライムで無料で観ることができます。ぜひ御覧ください。
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