是枝裕和監督・脚本「歩いても歩いても」(長崎市立図書館蔵書)を観ました。
日本のきっとどこにでもある、お墓参りの帰郷。父母とそして新しい家族がしばし共にする時間。そこには安らぎと共の今の自分や事情を理由にした居心地の悪さが存在する場合があります。私などは、親戚づきあいがとても苦手で、共感できる面もありました。その不思議な空間を名優たちのアンサンブルが見事に現出させてくれる佳編です。機会あれば、ぜひ御覧ください。オススメです。
あらすじ
夏の終わりの季節。高台に建つ横山家で、開業医をしていた恭平(原田芳雄)はすでに引退して妻・とし子(樹木希林)と2人暮らしをしていた。長男の15回目の命日がきて、子供たちがそれぞれの家族を連れて帰郷する。次男・良多(阿部寛)はもともと父とそりが合わず、子連れのゆかり(夏川結衣)と再婚して日が浅かった。一方、陽気な長女・ちなみ(YOU)は、そんな良多と両親のあいだを明るく取り持とうとする。
ネット上から引用 配役名は著者が追加
前半は長女役YOUのごく自然な演技が、リアリティを高めていると思います。樹木希林との会話や動きは「母と娘の関係」ってこうだよなと納得させられるアンサンブル演技です。
わが家の妻と娘の様子を見ても、同様な関係性が感じられ、その友達のような仲の良い親子の関係はうらやましいほどです。父と息子ではなかなか難しいものです。女性という生き物がもっている、他の女性との関係作りの見事さに羨望の思いをしばし抱きますね。
地域の名士でもある開業医の恭平役の原田芳雄の演技も素晴らしいですね。ピンと伸びた背中、言葉数は少なくとも、ちゃんと家族の団らん中で発言はするという人物像をこれまた自然に演じます。
樹木希林
阿部寛や夏川結衣の演技も見事ですが、やはり特筆すべきは樹木希林です。少し彼女に関しては深掘りしましょう。
wikiで彼女を検索してみると、長大な人生の来歴・人物・エピソードが記載されています。起伏に富んだその人生を読むに付け、当時のTV番組やCMを生々しく思い出してしまいました。
(スキーで骨折してしまい)学校の卒業式にも出席できず、新たな一歩を踏み出そうとしている同級生と家でじっとしている自分を比べて、絶望感や疎外感を抱えていたという。そんなとき、戦後初めて三大劇団が研究生を募集している旨の記事を新聞で見つけ[8]、どこか毎日通えるような学校はないかと考えていた希林は願書を取り寄せることにする。文学座、俳優座、民藝の順番で試験があり、一番早かった文学座の試験のみを受けた。一次試験は約千人いたが、二次も通り、1961年に文学座一期生として付属演劇研究所に入る[1][6][8]。長岡輝子からは、「あんたはね、耳がいいから入ったのよ」「自分のセリフだけ覚えて言うんじゃなくて、人のセリフを聞いてる」というように、「耳がいい」ことが合格の理由であると説かれた。
wikiから引用
演劇の世界でのスタートのきっかけが「耳のよさ」ということです。父親が趣味で薩摩琵琶奏者をしていたこととつながっているのかも知れません。
樹木は「それまで新劇にいてまじめな芝居しかやってこなかったんで、森繁さんが本なんか無視して、どんどんその場でつくっていく面白さに洗礼を受けました。森繁さんと杉村さんの違いは、森繁さんは自分で表現していこうとする人、杉村さんはもう書かれた台詞を言う。結果、名作が残ったんですよね。この二つを同時代に同時に見てきたわけですから、両方のいいとこを取り入れていけば、まだ食っていけるという感じはします」と話していた。
同上
脚本の大切さとアドリブ・即興性のおもしろさを両方活かすことを考えたわけです。そこに気がつき、その方式で自分なりに考え実践していく強さが、樹木希林の演技に脈々と生きているわけです。本作に関するインタビューでは次のように述べています。
2008年の是枝裕和監督『歩いても 歩いても』でキネマ旬報ベスト・テン助演女優賞を受賞した際の『キネマ旬報』のインタビューでは、「映画は脚本が第一、監督が二番目、三番目が映像で、役者はその後ですよ。優れた監督と出会ったら、何も変なことをする必要はない。遅いけど、監督に何も文句を言わなかった杉村さんの良さが今になって分かりました」と話した。
同上
映画作品の全体を構成していく監督の重要性に触れていますね。自分の演技人人生を切り開いてくれた杉村春子(樹木は、杉村から文学座に残ってくれと頼まれ、彼女の女優としてのキャリアがスタートします)に、演技者としての尊敬も抱いています。先輩に感謝しながら、自分の道を確立していく樹木希林の生き方には学ばされる面が多いです。
後半
映画の後半は、この樹木希林の演技がとんでもなく輝くように思われます。
開業医の妻として、家庭を守り、子供を育てあげた、しばらく前までは日本であたりまえだった「専業主婦」としての人生。
「私は一度も外で働いたことがないんですから」というセリフには、別の人生に憧れたかも知れないことをほのめかします。どんな女性にもあったのではないでしょうか。
時にそんな迷いもありながら、専業主婦を貫き通した人生には苦しみもたくさんあったのでしょう。
とし子(樹木希林)の苦しみは、溺れる子供を助けるために、死んでしまった長男のこと。どこにもぶつけられないその苦しみを、樹木希林は飄々と演じます。それが、観る者の魂を逆に揺さぶるのです。
家に舞い込んだ蝶を、長男が来たと叫んで、蝶を追うとし子の鬼気迫る姿は、子を失った母の苦しみを戦慄すら感じされるほどに表現していました。
もう一つの苦しみは、詳細は語られない夫の不倫のようなもの。このエピソードも、いしだあゆみのヒット曲「ブルーライトヨコハマ」をつかってさらっと語られます。
映画の題名「歩いても歩いても」はこの「ブルーライトヨコハマ」に出てくる歌詞です。
歩いても歩いても 小舟のように 私はゆれて ゆれてあなたの腕の中
夜景美しい横浜の街を、男の腕の中で夢見心地で歩いて行く女性の幸せな心情を歌っているわけですが、映画の中ではとし子が夫の不倫を知って、絶望のうちに歩く姿を想像してしまいます。強烈な皮肉ですね。
「東京タワー」でも「万引き家族」でも、樹木希林の演技は本当に印象的でした。でも、本作の飄々としてあくまで自然体の中に、一人の女の苦しみや喜びがにじみ出て、観る者の魂を揺さぶる樹木希林の演技にはすっかり魅了されました。皆様、ぜひ御覧ください。超オススメの逸品です。私は、図書館で「日々是好日」を探してみましょう。
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