藤沢周平はやっぱりおもしろい。1冊に4話だけで、これまでの短編より少し長く、その分物語は充実します。藤沢のよさは武家物と言っても男の世界だけで完結しないこと。女が重要な役割をになうんです。
結論
どれも秀逸だが、特に最終話「榎木屋敷宵の春月」のヒロイン田鶴には絶対ノックアウトされます。読むべし。
概要
書名の「麦屋町昼下がり」に始まり、「三の丸広場下城どき」「山姥橋夜五つ」「榎木屋敷宵の春月」という「時しばり」的な題名で統一されているのが美しいですね。
「麦屋町昼下がり」は、縁談の持ち上がった武士片桐敬助が、夜男に追われ逃げる女を救います。斬り捨てた男は女の舅。女は舅に無体をされそうになり逃げたと言います。片岡は女の夫であり、切られた舅の息子である弓削の復讐を受ける立場になります。対応策としてかつての名剣士大塚七十郎に師事しようとします。
今や酒浸りのこの大塚の教えは片岡を救うのか?エキセントリックで不気味な弓削の恐怖。そして助けた女が本当に無体をされそうだったのか?など大変わくわくの展開です。そして、一度は棚上げになった片桐の縁談はどうなるのかも重要なポイントとなっています。映像がありありと浮かぶ、すぐにでもドラマになりそうな話です。
「三の丸広場下城どき」は、罠にかけられたかつての名剣士が、今はゆるんでしまった体を再び鍛え直し、悪に立ち向かっていくリバースの物語。
「山姥橋夜五つ」は、不義の噂がたった妻を離縁したことにより、息子が荒れるという現代的な問題もまぶしつつ、終わりに大きなどんでん返しが待っています。離縁された妻瑞江の強さが浮き上がる作品となっています。
最終話 榎木屋敷宵の春月
私はこの最終話が最も印象に残りました。なぜって?めちゃめちゃ強いヒロイン(人妻)が出てくるからです。
あらすじ
家老の宮坂縫之助の死去にともない、後任の執政入りの人選が始まろうとしていた。田鶴は夫・寺井織之助が執政になるための運動がはかばかしくないのを知った。競争相手は露骨に金をばらまいているらしい。だが、寺井家には金銭の余裕はなかった。
今回の競争には古い友達の三弥の夫も加わっている。田鶴は三弥にだけは負けられないと思っていた。
三弥は長兄・新十郎の気持ちを知っていたはずである。田鶴にとって新十郎は特別な存在だった。だから、三弥が他家に嫁いで、新十郎が自裁したときには衝撃を受けた。
田鶴はお理江さまか呼ばれて小谷家に向かった。そして、門前でお理江さまの兄・小谷三樹之丞と出会った。お理江さまとの時間が過ぎ、帰ることになると、お理江さまが三弥が早くに来て兄・小谷三樹之丞とあっていたという。小谷三樹之丞は藩政に影響力を持っている人物である。田鶴は冷や水を浴びせられた気分であった。
その帰り道、家の前で斬り合いが行われていた。襲われていたのは江戸屋敷からきた関根友三郎という者だった。
ネットより引用
ヒロインの田鶴は小太刀の名手です。彼女が刺客と対決する場面がクライマックスとなっています。手に汗握る場面ながら、男同士の対決よりもやはり華やか。それが新しい味を産んでいます。
夫が昇進レースに乗り、それを支えるわけですが、夫の器の小ささを知っている田鶴は昇進レースよりも、士道を貫くことを選びます。この夫が実に卑小な人物に描かれているので、田鶴の堂々とした様が対比的に浮き上がってきます。このあたり素晴らしいですし、これまであまりなかった新味です。
さらに、女性らしい嫉妬心の発露も見事に描かれています。夫と同じ昇進レースの候補の妻として、友達の三弥が登場。三弥だけには負けたくないという、じりじり燃える女の念が恐ろしいほどに感じられます。その背景に、三弥が田鶴の兄と愛し合っており、そのあげく兄を裏切ったということがあります。
田鶴も兄を愛していたのですね。兄を愛するにいたる田鶴の幼少時の迷子のシーンがこれまた迫真です。森の恐ろしさが目の前に広がるようです。藤沢の筆力に唖然とします。
脇役である、お理江さま、小谷三樹之丞(理江の兄)、畑中喜兵衛(家老)もキャラが鋭く立っていて忘れられません。畑中・三樹之丞はラストのどんでん返しにもびっくりさせられます。
とにかくこの物語は映像が目に浮かぶので、それぞれをどの役者にキャスティングするかを妄想するのも楽しいですね。田鶴は木村文乃あたりどうでしょうか?若いかなあ。
藤沢周平の表現力がきらめく4編。読みたくなってきたでしょ。超オススメな作品です。ぜひお読みください。
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