藤沢周平著「橋ものがたり」心に染みいる藤沢自信お気に入りの市井もの連作短編

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藤沢周平著「橋ものがたり」読了しました。

samon
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これまで藤沢周平は、侍ものを中心に読んできましたが、いよいよ市井もの、町人の世界を描いた物語を味わいます。多くの江戸の川にかかる橋をモチーフにした連載作品です。1話読むたびに、じーんとくる読後感。侍の世界も素晴らしかったが、町人の世界も。人間の情を描き出す穏やかな筆致が、ページをめくる手を止めさせません。

映像化

出会いと別れの場所である「橋」を共通モチーフにした10の連作小説が掲載されています。

中でも第2話「小ぬか雨」は映像化もされました。祝言を上げる予定の男がありながら、追われている男をかくまってしまう「おすみ」。祝言を挙げる予定の粗野な男勝蔵をおすみは本当は好きでは無かったのですが、流されるままこんなもんかとあきらめていたところに、追われる男が出現したのです。

「小ぬか雨」は2度映像化されました。はじめはTBSの日曜劇場にて、吉永小百合と追われる男を三浦友和が、2度目は「日本映画専門チャンネル」にて北野きいと永山絢斗が主演しました。

日本映画専門チャンネルではこの他に、「小さな橋で」「吹く風は秋」の2編も映像化されました。それぞれに、「北の国から」の杉田成道(しげみち)監督、「王様のレストラン」の鈴木雅之監督という豪華演出人を迎え描かれました。

成立まで

私が読んだ「橋ものがたり」は「愛蔵版」の体裁で、巻末に作者のエッセイや娘さんのエッセイ、江戸の街の絵図が載せられています。作者のエッセイの中で、本作成立の話が語られます。これまで雑誌に単発の短編を載せていた作者に、編集者が「連作」を所望します。

藤沢修平ははじめそれに難色を示します。それは、連作となると個々の作品に共通のモチーフが必要であり、それを煩わしく感じていたということです。発想したことを1本の作品で完結する自由さを重宝したということでしょうか。

しかし、編集者も「そうですか」とは引っ込みません。食らいついたら離れないスッポンのような編集者魂で、藤沢に迫ります。これについに根負けしてしまうわけです。

すると、共通モチーフが必要になります。そのとき浮かんだのが、「出会いの場であり、別れの場でもある『橋』」というモチーフだということでした。書き始めてみれば、市井の人々の悲哀や愛情を描いたその連作を、藤沢自身とても気に入っていたということです。

まさに、編集者の根性が、この物語を生み出すきっかけになったのですね。それを素直に語る藤沢の魂も清いものだと感動させられます。

お気に入り

さて、10編の中で私のお気に入りは、「殺すな」です。

この1作にだけ、侍が登場します。裏店の長屋で筆作りの内職をする浪人小谷善左衛門です。内職をてつだうのは、同じ長屋に住むお峯です。お峯は三年前に船頭の吉蔵と駆け落ちをしてきた女です。お峰は吉蔵の務めていた船宿の主人利兵衛を裏切って駆け落ちをしてきたのです。

はじめは楽しかった吉蔵との暮らしも、もともと派手好きのお峰にはだんだんつまらなくなってきます。賑やかなところに戻りたいと言い出します。吉蔵はそんなお峰が逃げ出さないように、小谷善左衛門に見張りを頼んでいたわけです。

「あの橋を渡ってもとに戻りたい」というお峰に、吉蔵を「あの橋を渡ったら、殺す」と脅します。

一方小谷善左衛門には、過去に不義をした妻を切り捨てたという過去があります。

ついにもと亭主の利兵衛の手下が、お峰の居場所を見つけ出しやってきます。お峰も潮時と、ものとさやにおさまろうと、橋を渡ろうとします。吉蔵は刃物を持って追いかけます。そして・・・。

最後の小谷善左右衛門の言葉と涙が読者の心に深く突き刺さるエンディングが素晴らしいです。

町人たちの市井を描く連作小説の中に、浪人とは言え侍が登場するこの一編は、物語がよりダイナミックに幅広くなり、おもしろさが増すようです。特色ある一編となってとても印象深いです。

samon
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藤沢周平自身がたいへん気に入っていた、市井の世界を描いた物語「橋ものがたり」。これまで、藩の中の政争や用心棒の世界、秘剣のきらめきなど武士の物語を楽しんできた私ですが、藤沢周平のとめどもなく優しい文体は、町人たちの悲哀をみつめながら、読むものにとても穏やかな慰めを与えてくれました。1編が終わるまで、ページをめくる手は止まりません。かといって、一気に何編も読むのは何となくもったいなくて、1日1編ずつ大事に読んできました。皆様もぜひお読みください。超オススメの作品です。

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