
名作映画を向こうにしてはたして漫画の価値とは
結論
8月15日午前3時まで米国軍の爆撃が続いていた衝撃。映画版との違いが明確に提示される
概要・あらすじ
降伏か、本土決戦か。8・15をめぐる攻防が始まる! 半藤一利の傑作ノンフィクションを、SF伝奇漫画の巨匠・星野之宣が鮮烈コミカライズ。
敗色が濃い昭和20年夏。連合国によるポツダム宣言をめぐり、受諾派と徹底抗戦派との間で鈴木貫太郎内閣の意見は真っ二つに分かれていた。無条件降伏を主張する米内海軍大臣と東郷外務大臣に対し、阿南陸軍大臣と梅津参謀総長は「国体護持」の堅持を訴え、一歩も譲らない。
広島への原爆投下、ソ連の参戦と徐々に追い詰められるなか、いよいよ昭和天皇の“聖断”を仰ぐことに。一方、降伏を認めない陸軍将校らによるクーデター計画が、水面下で進んでいた。
すでに二度も映画化されている終戦を巡るドラマを、コミカライズ版では幕末の「尊皇攘夷」思想から説き起こす。天皇を切り札に討幕を進めた薩長は、明治維新後も陸海軍を掌握。統帥権の名のもとに、軍を議会や内閣から独立した存在であり続けさせた。いわば“玉”を抱え込んだのだ。
皇太子時代に第一次大戦の戦跡を訪れた昭和天皇は、戦争の悲惨さを痛感する。だが、大陸進出を押し進める軍部の膨張は歯止めがきかない。満洲事変、二・ニ六事件、日米開戦……連綿と続く軍部と天皇との緊張関係を軸に、終戦の日のドラマが幕を開ける──。
作画を担当するのは、漫画家の星野之宣。『ヤマタイカ』『星を継ぐもの』で星雲賞コミック部門を、『宗像教授異考録』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。日本人として初めて、大英博物館で原画展を開催した。
googlebooksより引用
感想
本書の存在に気がついたのは、KAWADEムックとして発売された「祝デビュー50周年星野之宣大増刷版」によります。この書籍は、星野の高校時代の貴重な作品掲載やカラーページも多く非常に魅力的なムックです。「日本のいちばん長い日」は星野の作品一覧で2番目に新しい作品と言うことです。
また岡本喜八監督による偉大な映画先行作があるのももちろん本作を読みたくなった理由の大きなものです。黒沢年雄の異様に見開かれた目が脳裏から離れない、じりじりと焦げ付くような作品でした。この偉大な映像作品の前で、どのように星野はコミックという映像作品で表現していくのか非常に興味が高まります。

さて作品を読み終えてみれば、本作は映画作品に大きく影響されている部分もあるものの、大きな差異が提示されていることもはっきりとわかります。
まず映画はまさに8月15日正午の玉音放送が流されるまでの1日をたどったものであるのに対し、星野作品では幕末維新まで遡って軍部と天皇の関係がどのように形成されていったのか、その歴史的背景を丁寧に描いて展開するという拡張がなされています。
すなわち幕末の「尊皇攘夷」思想、「天皇を敬い」「対外排斥」する思想は、クライマックスで最後までアメリカと戦おうとする青年将校の基礎となっているということでしょうか。徹底抗戦しか頭にない青年将校には天皇が本当に望んだことが理解できなかったということが浮彫にされます。
映画版と漫画版の大きな違いは昭和天皇の扱いであると思われます。映画版では天皇は後ろ姿が映されるのみでつねに小さな存在です。漫画版は天皇の思いが前面にクローズアップされています。これは二つの作品に大きな違いをもたらしていると思います。
本書の表紙に昭和天皇の柔和な微笑みが大きく描かれているのは象徴的です。本書から立ち上るのは、昭和天皇が国民のことをこれ以上苦しませたくなかった強烈な思いです。
一方映画と漫画が類似しているぶぶんもあります。鈴木貫太郎総理を襲う自警的軍人のリーダーを映画では天本英世の狂気の演技で印象深く描かれていますが、漫画版のこの人物のフォルムは映画版によく似ています。顔は影にかくれていて天本を読者が重ねることを意図したのかとまで思えてきます。
また、名優三船敏郎の陸軍大臣像は切腹シーンを中心に両者はそっくりです。星野が映画にインスパイアされたと感じられる部分です。
映画版では原作「大宅壮一」とあり、漫画版には原作「半藤一利」とあります。え!違う人が同名書を書いていたのか?との疑念が起こり調べてみました。もし原作者が違うなら、漫画版と映画版の主張が異なるのも納得がいきます。
結論から言うと原作者は同一です。文章を書いたのは半藤一利です。大宅壮一は前文を書いたのみ。出版当時無名の半藤の名で売るより、有名だった大宅編とする方が営業的に有利と考えられた結果です。半藤の作品ということです。
岡本映画版と星野漫画版の差異はまだまだあります。
一つは、幕末よりさらに遡り、天皇の南北朝に関することです。昭和天皇は北朝の流れをくむ天皇です。その昭和天皇に南朝正統論を主張する大学教授がレクチャーしたという話があり、この教授の主張を信ずる軍部の一派があったということを明確に描いています。この一派が「いちばん長い日」のクーデターと関わりがあったということです。
二つ目に、無条件降伏を決定する過程の長い議論や大臣の署名の時間にも、米国軍は絶え間なく日本の空爆をくり返していた事実が描かれます。これまで空爆がなかった秋田などは、この戦争終結の間際で爆撃され多くの人々が犠牲となったのです。
なんと8月15日の午前3時くらいまで米国軍の爆撃はくり返されていたのです。これは岡本映画版ではたぶんまったく表現されなかった部分です。衝撃でした。同じ原作であってもこれほどまでに違う印象をもたせるゆえに映像作品化の価値はあるのだと思えます。
政府や宮内庁、そして軍部の人間に徹底的にフォーカスを当てた岡本映画版。もう少し広い視野で客観的にとらえる星野漫画版。それぞれに違う感動、胸に迫るものがあったのは間違いありません。星野が筆をとった意味がそこにあると思います。

半藤一利の原作に当たる意欲も惹起されます。映画・漫画・原作皆さんもぜひどこからでも見てみてください。
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