ビクトル・エリセ監督作品「ミツバチのささやき」台詞極少の難解作 フランコ独裁政権下の状況を暗喩

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結論

切り取られる映像一つひとつがまるで一幅の絵画のような美しさ。ストーリーは曖昧模糊としているが、様々に想像を膨らませることができる暗喩の数々。やはり触れておくべき作品。

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概要・あらすじ

エリセの長編第1作で、スペイン映画の芸術水準の高さを示した傑作。フランケンシュタインの伝説を巧みに作品に取り込み、空想と現実の区別がつかない幼い少女の世界が繊細かつ神秘的に描かれている。1940年ごろのスペイン中部の小さな村が舞台。巡回映画で「フランケンシュタイン」を観た6歳の少女、アナは、姉のイザベルに、フランケンシュタインは精霊で、実際に村はずれの一軒家に隠れていると聞いて信じ込む。ある日、その一軒家にいくと、負傷した兵士がいた。アナは兵士に食べ物をやり、家から父親のコートを持って来る。だが、兵士は射殺され、アナはそのショックで病気になる。ストーリーの説明的な肉づけを必要最小限にとどめた結果、陰影に富んだ魅力的作品になった

ネットより引用
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感想

フランコ独裁政権の影というのは、いろいろな場面で聞くことがありました。チェリストのパブロ・カザルスの生涯にも大きな影響を落としています。カザルスはフランスに亡命し、各国のフランコ政権容認に異を唱え、演奏活動を停止しました。

映画はスペイン内戦終結後のフランコ独裁政権下の1940年ごろが舞台です。左と右の思想内戦は、家族内、隣近所、友達同士が戦うことになるというのがとても悲惨です。

フランコ独裁ファシスト政権下の人々の心情がこの映画には暗喩的に表現されているそうです。

父は養蜂家で、蜂の研究も行っています。蜂の社会は、1匹の女王蜂とそれを取り巻く雄蜂、そして多くのはたらき蜂で構成されます。この社会がフランコ政権下の社会をあらわしているというのです。庶民はむろんはたらきバチです。

家族の住む家のガラスには六角形の模様があり、色も蜂蜜色です。家族は蜂の巣の中に住んでいるようです。

しかし、父も母もはたらきバチのように活発に活動するのとは真逆で、疲弊しているようです。フランコ政権下の民衆のあきらめでしょうか。

父と母の会話は無く、母はどこ当てかわからない手紙を書いては列車に投函しています。一縷の望みを何かにかけているのでしょうか。

主人公のアナは5歳。ちょっといじわるな姉のイサベル。純真なアナをからかったり怖がらせたりして楽しんでいます。兄弟姉妹ではよくあること。

巡回上映でみた「フランケンシュタイン」が少女を殺してしまうことに疑問をもつアナ。イサベルは物知り顔で「怪物は精霊で、目を閉じて『私はアナ』と呼べばお前の前に現れる」と答えます。

ラスト近くで、モノクロ画像となった川辺で、アナの前にフランケンシュタインが現れ、アナをつかむと、アナは気絶してしまう。幻想的なシーンが印象に残ります。

純真無垢な幼女のアナが、脱走兵氏との出会いやラストシーンで「少女」に成長する物語といわれますが、それはなかなか直接的に伝わってはきません。アナはほとんど何も語らないから。

私にとってはあいまいな印象が残る作品ですが、アナのかわいらしさと、すべてのシーンが絵画のように美しいのは感じられます。それはこの作品の価値であると思います。

監督

ビクトル・エリセはまだ存命ですが、これまでに長編作品を3作と4本のオムニバスしか残していない超寡作作家です。

長編第2作目は1983年の「エル・スール」というこれも少女の成長を描いた物語。本作と「エル・スール」の2作品カップリングのBDが発売されています。

長篇第3作「マルメロの陽光」は1992年。これはスペインの画家アントニオ・ロペス・ガルシアのドキュメンタリーです。

当年83歳ですが、2023年に「目を閉じて」というスペインのドラマで監督と脚本をつとめました。まだまだ元気です。どんどん作品を発表して欲しいですね。

samon
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この作品をきっかけに、フランコ政権下のスペインについて少し知ることができました。カザルスがなぜ平和運動をおこなったのかということにもつながっていく気がします。また、フランコ政権から亡命した映画監督にルイス・ブニュエルがいることを知りました。彼の「皆殺しの天使」をもう手にしています。

コメント

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