私の住む町「長崎」の景色が美しく切り取られています。山肌に密集して住んでいるがゆえの、長崎の狭い階段までも愛らしく懐かしく見えてきます。父の仕事を娘が現地でたどっていく、一種のロードムービー。出会う人々や長崎の風景から、父の感じたことを追体験していく中で、彼女に溢れてきたものとは。
あらすじ
元英空軍大佐で英国王室に仕えた後にジャーナリストとなったピーター・タウンゼンドは、作家として、戦争被害にあった子どもたちへ特別な関心を抱くようになる。来日して長崎を訪れた際に、16歳で郵便配達中に被爆し核廃絶を世界に訴え続ける谷口稜曄(スミテル)と出会い、取材。1984年にノンフィクション小説「THE POSTMAN OF NAGASAKI」を出版した。タウンゼンドの娘で女優のイザベル・タウンゼンドは、父の意志を受け継ぎたいと願い、2018年8月、長崎を訪れる。スミテル少年が毎日歩いた階段や神社、そして被爆した周辺などを訪ね歩き、長崎のお盆の伝統行事・精霊流しでは谷口さんの家族と一緒に船を曳いた。彼女は父の著書をなぞり、時に父のボイスメモに耳を傾けながら、本に書かれた場所を巡り、父と谷口さんの思いを紐解いていく。
ムービーウォーカーより引用
ピーター・タウンゼントは英国軍人の英雄であり、マーガレット王女との悲恋が、映画「ローマの休日」のモチーフにもなったという人です。その後作家になったわけですから、何と才能豊かな人でしょうか。その彼が、谷口さんや長崎の町に関心をもって、小説に結実させたことは、長崎に住む者として何か誇らしい気持ちになります。
サウンド
ユナイテッドシネマ長崎のスクリーン右からは、蝉の鳴き声が聞こえていました。もちろん映画のサウンドですよ。この蝉の声で、映画がある夏の出来事であることが、常に印象づけられます。
このようにこの映画は、サウンドで印象深いものがいくつかありました。その筆頭が、父ピーターの声です。イザベラは、「THE POSTMAN OF NAGASAKI」の書籍を頼りに、父を追体験するわけですが、父の書斎を整理していたところ、この書籍のための取材のカセットテープを発見します。
この生のピーター・タウンゼントの声が映画の中に多く使われています。彼の声は、明快で温かく心地よい、一言で言うと「いい声」です。彼の声が、とても上質のサウンドとして映画に重要な役をはたしていると思います。イザベラは、イヤホンで父の声をいつも聞いています。まさに父の声が彼女を導いていたのはまちがいありません。
この映画は原爆の恐ろしさを全面に出すようなことはしません。しかし、音として恐怖した場面があります。それは、原爆落下中心地の空撮シーンです。普段地上からしか見ないので分からなかった、落下中心地の同心円が長い時間映されます。例の蝉の音は消え、町の音も消え、金属的なある種不快で不安なサウンドに包まれます。怖かった。音の演出に震えさせられました。
イザベラは、谷口さんの精霊船を引きます。彼女が谷口さんに会いたいと思ったときには、谷口さんはすでに亡くなっていたのです。8月15日の長崎は賑やかです。町中が爆竹の音に包まれます。大通りは、精霊船の鐘の音や「どーいどい」という引き手のかけ声で満たされます。
谷口家の船を引くおじさんにイザベラは「ヘビーボート(重い船ですね)」と声をかけます。おじさんは「ハッピーボート?」と返します。思わず微笑んでしまいました。極楽浄土へ向かうこの船は、「ハッピーボート」かも知れませんね。
配達されたもの
映画の後半、イザベラは娘さんの学校の学生演劇の演出を依頼されます。この劇の中に、郵便配達人として谷口さんを登場させることを考えます。父ピーターの追体験をして感じたことが、この学生演劇の中に取り込まれ、1945年のあの日に起こった出来事を、フランスの子どもたちや演劇を見る人々に伝えられることになったのです。
父からそして、谷口さんから「配達されたもの」が伝えられたのですね。
このドキュメンタリー映画自身も、ピーターや谷口さんから「配達されたもの」に違いありません。それは、映画を観る私に確実に届きましたよ。
「長崎に郵便配達」ぜひ御覧ください。あなたの心の中にも、きっと何かが配達されます。長崎の町の美しさ、そしてすてきなサウンドの数々が、心の中に何かを灯すに違いありません。この夏、大大オススメのドキュメンタリー映画です。
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